毎朝の通勤電車は、いつも決まったリズムで揺れる。
同じ車両、同じ時間、同じ顔ぶれ。
僕は長椅子に座り、惰性でスマホをスクロールする。
特に気に留めるニュースもなく、息をついた。
向かいの席には、いつものスーツの男性が座っている。彼もこの時間に乗り、僕と同じ駅で降りる。
名前はもちろん知らないけど顔は覚えてしまった。
その彼が、今日は珍しくうとうとしていた。
頭が小さく揺れ、時折肩がこっくりと落ちる。
月曜だから土日明けはしんどいよなぁ。
そんなことを考えていると、アナウンスが流れる。
〜〜 まもなく〇〇駅です 〜〜
腰を上げてふと彼に目をやるとまだ寝ている。
ー 声をかけるべきだろうか?
でも、もう着きますよって把握してると思われるのもな….
今日に限ってここで降りない可能性だってある。
それで間違えて変に起こしてしまったら。
というか月曜の憂鬱な朝に、なんで他人のことなんか気にしてるんだろう。
朝から面倒なことはやめよう。
電車が駅につきドアが開く。
彼はまだ寝ている。
結局、僕はいつものようにホームに降りた。
再びアナウンスが流れる。
〜〜 ドアが閉まります。ご注意ください。〜〜
チラッと振り返ると、彼が荷物を持って慌てて立ちあがろうとするのが見えた。
しかし、無常にもドアは閉まり電車は動き出した。
その時の彼の表情までは見えなかった。
が、想像はできる。
「やっぱ、声かけてた方がよかったのかな…」
軽い後悔が胸をそっと突いた。
でも仕方がないよな。
元々僕のせいじゃないし、次の駅で降りて戻ってくるだろう。
自分にそう言い聞かせ、会社に向かった。
その日の帰り道、夕暮れの街は少し涼しく風が心地よかった。
今日は商店街に寄って帰ろう。
そう思い歩いていると、前を歩く金髪ショートカットの女性のリュックに目が留まった。
背中の荷物から長い紐のようなものが垂れている。
中身から出てるのだろうか。
地面に擦れそうで、なんだか危なっかしい。
ー これ教えてあげた方がいいのかな。
コケたりしたら危ないしなぁ。
朝の出来事がふと頭をよぎった。
そのせいだろうか、今度は考えるより先に言葉が口を割っていた。
「あの、すみません」
女性が振り返る。訝しげにこちらを見た。
「あの、リュックから紐が出てて、地面につきそうなので…」
紐を軽く指差すと、
彼女は僕が指差した先を見た。
「あ、これ!
わざとなんです!
このカラーの紐を服に合わせてオシャレで中で付けて垂らしてるんです。アクセントで。
紛らわしいですよね…」
少し笑って答えた。
「そ、そうだったんですね、すみません。
余計なことを…」
僕は顔が熱くなるのを感じ、頭を下げた。
やっぱり余計だったな。
しかもオシャレなのを指摘って…
顔を上げるのが気まずい。
そう思っていると、彼女が言った。
「でも、教えてくれてありがとうございます。確かに紛らわしいのに、誰からも言われたことないから。
わざわざ気遣ってくれてありがとうございます!」
予想外の言葉に、一瞬言葉が詰まった。
「あ、いえ、そんな」
彼女はリュックを背負い直してお辞儀をし、微笑んで歩いて行った。
(ありがとうございます。か…
間違えたけど、それだけのことか。)
彼女が軽やかに歩いていく後ろ姿を見つめた。
ふっと息を吐くと、通りのざわめきと漂う匂いが現実に引き戻した。
今日はコロッケ買って帰るかぁ。
出来立てまで待つのも悪くない。
口元が緩み、僕は商店街の賑わいに入り込んだ。