今春から大学2年になった俺。
現在、喫茶店で気晴らしも兼ねて大学のレポートを書いているところだ。
この店は小学校のすぐそばに位置し、子連れの親子パターンの客をよく見かける。
今隣の席にいる客もおそらく、小学校高学年の女の子とその母親のようだ。
「そろそろご飯の支度があるから帰るわよ」
「お母さん、そういえば今週の土日で、お家のご飯を作る宿題があるの!
その絵と内容を書いて出すんだって。ほら見て。」
「どれ?普段のご家庭のレシピを…
本当ね…」
「土曜の夜ご飯は何にするの?」
「……決まってないけど、
じゃあ….ステーキとサラダとフランスパンにしようかしら。」
お家ご飯を作る宿題でステーキて。
「ステーキ?やったぁ、いいの?そんな豪華なの食べてみたい。」
あ、そういうことか。
母親がちらっと俺に目を向けたことに気づいたが、会話が聞こえてないふりをした。
「そろそろ出るわよ。」
母親はそう子供に言って足早に帰っていった。
(ミディアム・ウェルダンの焼き加減の練習でも子供にさせるのかなぁ。)
そんなことをぼーっと考えていると、先程とは逆隣の席に子ども連れの親子が座ってきた。
子供はパフェを頼み、注文が来るまでの間勉強をしているようだ。
子供がメガネ越しに母親に言う。
「今週の土日に夕飯の食事を作る宿題があって、それを出さなくちゃいけないみたい」
(さっきのと同じ学校か…)
「何それ。今だにそんなのがあるの?古臭いし、ご時世的に大丈夫なのかしら」
「僕もそれ子供ながらに熟慮したよね。各家庭の懐事情があぶりだされそうだよね。」
「困ったわね。…鯖の味噌煮なんかはどうからしら」
「えっ。
今週は牛フィレ肉のロッシーニ、エシャロットと吉村農家さんから頂いた金糸瓜添え、
〜ビバルディ 四季 春 を添えて〜」
って言ってなかった?
普段はこんなものを食べてますと言わんばかりのドヤ顔で子供がこちらをチラ見してくる。
(吉村農家さん知らんけど、絶対無農薬の美味いやつやん…)
「ロッシーニはまた今度よ。あと、ビバルディじゃなくてヴィヴァルディね、ヴィ。」
母親は英語教師のように前歯を下唇に当てて子どもに言った。
「言葉はちゃんと覚えなさいね。ロクな大人にならないわよ」
「ごめんなさい。お母様。
お手洗いに行って参ります。」
そう言って、子供が席を外した。
何か色んな思惑が見える宿題になりそうだな。
そう思いながら、俺は喫茶店を後にした。
-次の週の喫茶店にて-
俺は別のレポートを進めるために、再びこの喫茶店に入った。
今回は教養選択科目の心理学を取ったけど、指定文字数が多くて面倒臭い。
『幼少期の経験に基づく性格の自己形成』
そういえば、先週の小学生の宿題はどうだったんだろう。
なんだかんだ、ここでの会話が気になる。
入店後、特に何かあるわけでもなくレポートを進めて、ちょうど正午を過ぎようとしていた。
手元のコーヒーを飲んで一息ついていると、40代くらいの3人の女性が入ってきた。
彼女らは注文を終えると、話し始めた。
どうやらママ友のようだ。
「あのさぁ聞いた?
この前のレシピの宿題。
あれ実は、PTA役員を決めるための1つの判断材料だったらしいよ」
「えっ、どういうこと?」
「何か過去に、虚栄心とか見栄が強い人が保護者会で主張が強くて、
他の保護者や教師と揉めたことがあったみたい。
だからあの宿題でも、候補を慎重に見定めてたらしいの。豪華なレシピを出してくるかどうかとか。」
「えっ、それ本当?怖いんだけど。そんなので分かるものなの?」
「先生が、お友達?にそれをポロッと話してたみたいで、その人の知り合いのママから又聞き漏れてたみたい。」
「何それ。確かにあの宿題、言われてみれば不自然よね」
「うちは中トロ丼で提出させたんだけど。
中トロは虚栄心?ギリ虚栄心?」
(中トロギリ虚栄心?って何だよ。)
「そんなことなら、虚栄心丸出しの大トロにしてPTA回避狙えば良かったわ」
「確かにそうよね!
うちは牛ほほ肉のビーフシチュー。
牛ほほ肉っていちいち付けて書かせてしまったけど、逆にPTA回避できるかしら」
(何でわざわざ牛ほほとか付けたり、豪華なレシピにするんだろう。
まぁいいや。俺には関係ない。レポートに集中しよう。)
そうして自分の手元のレポートを見ていると、
ある一文が気になった。
“私は幼少期から海外に数回滞在していた経験があり、その時にセーヌ川のほとりで〜”
実際に海外に行ったのは1回だけ(1日の観光)。
そしてセーヌ川ではなく、名前もないような汚れた川。
ちゃんとレポート書き直すかぁ…
急に恥ずかしくなった俺は静かにレポートを修正し、店を出た。