<歪んだ鏡の向こう>

アプリじゃなくて顔をつけずに掲示板で載せてみようかな。

そう僕が思ったのは、医者からの診断結果が脳裏に焼き付いているからかもしれない。

それは、たまたま体調が悪く病院に行った時だった。
ただの風邪か、最近仕事の影響で睡眠が取れてないから免疫が落ちているだけだろうと思っていた。

その時のことを振り返る。

確か、無愛想な受付の女性が僕を診断に呼んだ。
そして消毒液の匂いが漂う廊下を通り、診察室に行った。

そのあとは動揺で頭が真っ白になり詳細な状況は思い出せない。


覚えていることはただ一つ。

今は全く目立たないが、半年後には自分の顔の腫瘍が肥大化し、それによって顔がゆがみ変わってしまうと言われたことだ。

腫瘍自体は良性のため切除する必要もなく、むしろ切除する場合は命を落とす危険性が高い。

今は健康上何ら問題はないし、半年後そんなことが起こるなんて正直信じがたい。

しかし帰宅後、半信半疑で調べると非常に稀だが顔面神経腫瘍の一種で似たような症例が存在した。


信じたくない未来、本当かどうかさえ疑わしい未来。


そんな未来を憂うことなく過ごせばいい。
そう考えてはみたものの、内容の強烈さのせいで、簡単に忘れて生活することなどできない。

 


“見た目は非常に悪いです。見た目は全く気にせずに出会える人を募集です”

診断から1ヶ月程経った迷走の中、投稿ボタンを押す。

実を言うと僕は”現在は”正直結構イケメンな部類に入ると自負している。
これは過去の経験に裏付けされたものだ。
そのため現段階で実際に会ったら投稿内容とかけ離れていることになる。


見た目重視のこの世の中、投稿でどれほど反応があるだろうか、というあくまで世論調査みたいなもの。
そう言い聞かせながらも、将来の自分を案じて募集をする。


-新着メッセージなし-

昨日の夜に投稿して今朝になっても表示は変わっていなかった。


まあ当然だよな…。

そう思いながらも、心の隅にあった小さな期待が崩れ落ちる。


こんなことに一喜一憂している場合ではない。
今日は朝から会議なんだ。早く支度して出よう。


襲いかかる負の感情を振り払うかのように、気持ちを無理やり切り替える。

-昼休み-

ちらっとスマホに目を向けると、一件連絡が来ていた。



“どんな顔ですか?写真交換しませんか笑?”


笑って何だよ。


冷やかしに対しても、期待した自分に対しても、
イラっとする。

その日はモヤモヤを抱えたまま仕事をした。

煮え切らないまま残業終わりに、
ロッカーで何気なくまたスマホを見ると、一件通知が来ていた。

どうせ冷やかしだろうな。

気持ちに保険をかけて画面を覗く。


“大丈夫ですよー。近いし会いませんかー?”


明らかな冷やかしではなさそうだ。

“本当の” 自分のことではない、と思いつつも喜んでしまう。

メッセージの通り相手は近くにいたので、駅前で会うことにした。

駅に到着すると、
クラッチバッグを持った男が待ち合わせ場所のベンチに座っているのが見えた。


いかにも高校生がおしゃれしました。みたいな格好だな、と思いながらも近づいてみる。
同年代とは言っていたが30は超えているように感じた。

まぁ別にいいか。

そう思いこちらから掲示板の旨伝えた。

すると、クラッチバックの男が口を開いた。
「え、めっちゃかっこいい!
近いし暇つぶしに送ってみたけど、変な人じゃないし。え、普通にイケメンじゃん!
全然適当な格好で来たんだけど笑。やばい笑」

相手のキツい香水の匂いが頭にひびく。

相手のテンションに胃もたれしているのだろうか。
イケメンと言われるたびにムカムカが加算されて反応が鈍る。

立て続けにその男は言う。

「場所あるんでうちに来ていいですよー?
てか行きましょー」

どう答えようか迷ったが、考えるともなく言葉が出てきた。

「すみません、フィーリングが合わない気がしました。こちらのせいです。すみません、帰ります。」

普段いきなり断ることはないのだか、気分が悪くなり自然に言葉が出てきた。
軽くおじきをして去ったが、相手がどんな表情をしていたかは見えなかった。

睨んでいたかもしれないし、戸惑っていたかもしれない。

相手には悪かったが、どうしてもその場から離れずにはいられなくなったのだ。



その後一ヶ月程誰とも掲示板で会っていない。

前回のこともあり足が重くなったし、そもそもまともな連絡はこない。
来たとしても冷やかしのようなものだ。


最後に会ったクラッチバック香水男を思い出す。

僕も結局相手の見た目を気にしてるのだろうな。まぁクラッチバッグ男は見た目自体は悪くなかったけど。イケメンだイケメンだって。


やっぱ見た目かぁ…

ベッドで仰向けになってそんなことをぼんやり考えていると、手元に振動を感じた。

スマホを見ると一件通知が来ていた。


「良ければ会いませんか?」

当たり障りなく、というか、なさすぎるくらい前置きもない単調な連絡。

これも暇つぶしか?と思いながらも久しぶりに普通の連絡だったため、会ってみることにした。

会う前に何ターンかメールのやり取りをしたが、性格が滲み出るような文もなく単調で、あまり掴めないまま待ち合わせ場所に向かう。


待ち合わせ場所にいた相手の男は手元の携帯を見ていた。
無地のトレーナーにジーパン。ある意味イメージしてたような男が立っていた。

少し色白で髭が生えており、ごくごく普通の感じだ。


掲示板の方ですか?と声をかける。

「はい。こちらは見た目気にしないですけど、そちらは大丈夫ですか?」

と返事をしてきた。

全然。大丈夫というか、はい。

というか見た目気にしないって、、俺見た目悪いって書いてたけどイケメンよな?
なんで驚かない?

反応が無いなら無いで我ながら面倒臭い。

かっこいいって初対面で言ったら底が知れると思ってるのか?
それとも本当に全く気にしないのか?




彼との最初の出会いはこうだったと覚えている。

あれから何ヶ月か経って、彼が無愛想に見えて優しいことも意外と面白みのある人だということも知った。


その後も順風満帆な生活を送っていたが、
やはりその日はやってきた。


ある晩、僕が仕事から帰宅して彼を待っている間、急激に顔の内側に熱がこもり突き上げるような痛みに襲われすぐさま病院に行った。

手当てを受けたが結局ほんの数時間で顔は腫れ上がり、あの時医者が言った通り歪んでしまった。


本当に起きてしまったことへの絶望の渦の中、彼が病院に駆けつけてきた。

彼は先生から説明を受けているようだ。
怪訝な顔をしているように見えるが彼の顔を見ることができない。

彼には病気について言うべきだったが、そんなこと起きないだろうと目を逸らし、
結局この日を迎えるまで伝えることができなかった。


自分の顔もそうだが、彼にも迷惑をかけて最悪だ。

そう思うと自然と涙が出てきた。




が、そこで目を覚ました。


えっ。
全部、夢…?


僕は病院にはおらず、家の静かな暗い寝室で1人で寝ていた。

夢か…

周りには彼らしき人もいない。

どこからが夢?
現実と夢の狭間で頭が混乱している。

仕事に疲れてだいぶ長く寝ていたのだろうか。
そもそも彼という存在の感触が全く思い出せない。

彼も病気も幻だったかと、恐る恐るベッドからクローゼットの鏡を覗いて顔を確認する。



すると、そこには歪み腫れ上がった顔だけが佇んでいた。
元の自分の顔とは程遠い。


これは僕じゃない….


結局そうか。嫌な部分だけが残った。何もない。どうにもならない。

吐きそうになりながら、声にならない声が漏れる。




すると、それに気づいた誰かが僕を呼んで、向こうの部屋から来てドア開こうとした。



「誰?」



親?兄ちゃん?病院関係者?それとも彼?
頭の中が混乱しすぎていて誰の声かが分からない。


ただどこか聞き馴染みのある声で”誰か”が確かに僕を呼んだ。

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